1945年~
戦後復興の礎となる人材を養成するために。新しい英語研修機関として発足
「日米会話学院」の歩みは、日本の戦後復興と共にスタートを切りました。終戦直後、政府機関や企業において、占領軍当局との英語による交渉ができる人材の育成が急務となった状況の下、1945年11月1日、政府高官の武藤富男氏(故人)が初代学院長となり、浅草橋の日本橋高女(現・日本橋女学館)の校舎を借用し、「日米会話学院」は開校されました。
当時、武藤学院長が記した学院創立趣意書の冒頭には、「日米人間の円滑なる意志の疎通は我が国の再建、世界平和への寄与にとり最も緊要なり」と述べられており、その建学の精神は今に伝えられています。
第1回の募集定員は100人。それに対して応募者は3,000人を超え、後の日本での英語学習ブームを予感させる盛況ぶりを示しました。官庁や企業からは優秀な人材が選抜されて日米会話学院に通い英語を修得し、卒業生の多くが国際関連のビジネスや中央官庁、法曹、政界などの第一線で活躍。日本の戦後復興とその後の高度経済成長の牽引役となっていきました。官庁・企業からの委託生への英語研修はその後も続き、現在も「官庁企業英語研修」として、委託生の受け入れは存続しています。
学院長が武藤氏から2代目の板橋並治氏(故人)に代わり、設置・運営母体が文部省認可の財団法人を経て、現在と同じ東京都教育委員会管轄下の財団法人国際教育振興会になってからは、学院の門戸を広く開放。高卒者を対象とした2年制課程や、昼間は勤務で英語学習の時間が得られない一般社会人、将来は国際社会で仕事をしたいという大学生のために夜間部や土曜講座を新たに設けるなど、プログラムやカリキュラムの充実に努めてきました。

1946年4月の第1期卒業生。教室を借りていた日本橋高女の屋上での卒業記念撮影

板橋並治 第2代学院長






